去年の今ごろはアメリカにいたなあ、と思う。十月は天気が悪い日が続いたので、ロサンゼルスは毎日晴天で天気のことなど気にしなくてよかったなと、懐かしんでしまった。
ロサンゼルスで三か月滞在する仕事を、決めるときにはぎりぎりまで迷った。仕事が片づかないままだったし、英語も勉強し直したかったし、翌年にしようかと悩んだ。結果的に、行ってよかった。滞在中の大統領選の結果、様々な情勢が急激に変化した。とりわけ、大学への圧力は強まり、ビザの審査は厳しくなり予算が削減されて、今年だったら実現しなかったかもしれない。
二〇一九年には、七回外国へ行った。すべて仕事での旅行だ。連載が複数あるのに七回はさすがに無茶ではないかと思ったが、行っておいてよかった。翌年からコロナ禍で移動が制限されたからだ。さらに、そのとき訪れた国の一つはロシアで、コロナ禍が終わっても当分行けそうにない。そして最近のインフレと円安で、外国に行くハードルが上がってしまってもいる。
私は自分で休みを決めて旅行することがとても難しいので、国内外問わずどこかへ行く仕事は極力受けるようにしている。そうやって、強制的に日程を決めなければ出かけられないのだ。
去年のロサンゼルスも、二〇一九年の七回の旅も、毎回「まだ準備ができていないのに」と思った。言葉を勉強して、現地の作家や文化のことももっとじっくり調べて、日本での仕事も区切りをつけて落ち着いて行きたいのに、あれもこれもやっておきたかったのに、と慌ただしく出かけることになる。
しかし、振り返ってみれば、人生の中で準備がちゃんとできてからやったことなど、一度もなかったかもしれない。まだできてない、と焦り、もっと準備すればよかったと後悔しながら、なんとかやってきて、今の自分になっている。準備ができるのを待っていたら、きっといろんなことに出会えなかったと思う。=朝日新聞2025年11月26日掲載